播州平野と揖保川がおいしいそうめんを育んだ
播州と但馬の国境から流れ出て瀬戸内海へそそぐ揖保川は、水質も良く、流域の人々の生活や産業の振興に、多くの恩恵を与えてきました。増水のたびに上流から運び出された肥沃な土砂は、流域に堆積して広大な農地を作り、ここで良質な小麦生産が始まりました。
また、川を利用して物資の輸送や、流水を動力源として水車などが発達しました。揖保川流域で生産した小麦を水車で粉に挽き、赤穂浪士の町で知られる赤穂の塩田で造った塩を加え、手延べ素麺に加工しています。こうした地域で入手しやすい資源があったことと、冬は雪が少なく、素麺の天日乾燥に適している気象条件と労働力に支えられ、日本一の手延べ素麺「揖保の糸」生産地を形成するまでになりました。
そうめんの歴史は古く、平安時代へ遡る
麺類が日本人の食生活に加わったのは、平安時代(794年~1184年)からと云われています。その麺類の中で最初に登場したのが、素麺でした。この頃は貴族文化の花が開いた時代で、宮中や公家、社寺での食事に素麺が使われていました。特に夏の七月七日に素麺を食べると疫病にかからない、とまでいわれた健康食品でした。
播州地方での素麺生産の歴史は古く、斑鳩寺(揖保郡太子町)の古文書「鵤庄引付」(1418年)に【サウメン】の記述や、伊和神社(宍粟市一宮町)社殿造営の祝言に【素麺】を使う(1461年)等の記録が見られます。播州でそうめんづくりが本格的になったのは、江戸時代の宝暦・明和年間(1751 年~1771年)頃だと考えられ、当時は、龍野藩の「許可業種」として奨励されていたようです。又、伝統の「揖保乃糸」の産地化は、龍野藩が著名な産物の保護育成を始めた文化年間(1804年~1818年)頃からだと考えられています。
手延べ素麺「揖保乃糸」は、2昼夜をかけ、丹念に造られています

A.M.4:00

捏前(こねまえ)作業

捏前(こねまえ)作業

組合規格の小麦粉を使用し、食塩水と練り合わせます。

A.M.5:00

圧延・板切作業1

圧延・板切作業1

ローラーで厚さ5cm位に均等に圧延し、切断します。

A.M.6:00

板切作業(いたきり)2

板切作業(いたきり)2

ゆっくりと数回合わせて、麺繊を出し素麺の基礎を作ります。

A.M.7:00

油返し作業

油返し作業

丸状にし綿実油を均一に塗布します。

A.M.10:00

細目(ほそめ)作業

細目(ほそめ)作業

3時間の熟成後、ヨリを掛けながら直径約1cmにし再度綿実油を塗布します。

A.M.11:00

小均(こなし)作業

小均(こなし)作業

1時間の熟成を待ち直径約6mmまで細く長くし採桶に巻き入れます。

P.M.3:00

P.M.5:30

掛巻作業

掛巻作業

掛巻作業

小均終了後約4時間の熟成をし掛巻機でヨリを掛けながら、引き延ばし2本の竹管に8字型に掛け付けます。

A.M.7:00

室箱(おも)

室箱(おも)

掛巻きしたものを室箱に入れて小引作業まで4度目の熟成に入ります。

P.M.7:00

小引(こびき)作業

小引(こびき)作業

翌日の温度・天候を勘案し、約50cm位に引延ばし、乾燥を防ぎ約12時間の熟成に入ります。

P.M.7:30

小均(こなし)作業

乾燥作業

屋外で引延ばし乾燥しながらハシで上、下から分け麺線をさばき約2mまで延ばします。

P.M.1:00

小均(こなし)作業

切断作業

水分を13~13.5%に乾燥させた素麺を定規台の上に流し19cmの長さに切り揃えます。

P.M.4:00

小均(こなし)作業

計量結束箱詰作業

切断した素麺を50gに計量し1把として結束箱詰します。

 

小均(こなし)作業

製品検査

1箱毎に検査指導員が製品の良否を仕分けして規格の検査証を貼ります。

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